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どうも、リキタンです。
今回は「おもしろくてやくにたつ子どもの伝記6宮沢賢治」を読んで思った事や考えたことを述べていきましょう。はじめに宮沢賢治という者は優れた童話作家・詩人といわれ有名な人物です。歴史の本ですが賢治の一生を覗いた伝記になります。少し見ていきましょう。
1940年、賢治が小学校へ入学して日本とロシアとの戦争がはじまりました。凶作つづきで苦しんでいるというのに家族を残して戦場へおくられる農民達もいました。お国の為に戦場へでかけるというのに
中にはとてもかなしいかおをしている人がいます。それでも、みんな日の丸の小旗をふって、嬉しそうに騒いでいます。子ども達まで、はしゃぎ回って学校が終わると戦争ごっこです。
うち庭のすみへかけつけてみると、ランプのほやの中でバッタが足を縮めたまま死んでいました。その頃はまだ電気がなくてどの家でもランプをつけていました。賢治はこのランプのほやを地面にたててその中にいろんな虫を入れました。バッタは昨日まで元気に這い回っていたのにもうぴくりとも動きません。
「バッタが白骨になってしまう」
そう思うと賢治は胸がしめつけられるようでした。
「バッタがかわいそう」
トシがなきじゃくりながらいいました。
「ごめんよ。」
賢治はバッタをほやからだすと、土にうめその上に花をたてました。手を合わせ、トシといっしょにお経をあげました。
「虫にだって命があるのだ。ほやの中で白骨になるなんてかわいそう。もうにどと虫はかわない」と小さい頃から人を思いやる心にかんがえぶかい少年になっていきました。
賢治の童話にはこんなものがあります。
「おそらくこれから二千年もたったころは
それ相当のちがった地質学が流用され
相当した証拠もまたつぎつぎ過去から現出し
みんなは二千年ぐらい前には
青ぞらいっぱいの無色な孔雀がいたとおもい
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
あるいは白亜紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません」
と春と修羅の序の一節にあたり詩人である前にはやくから科学者としての資質をもっていたのです。他には雨ニモマケズは有名ですが風の又三郎や雪渡りが挙げられます。
もちろん、歴史はすでに繰り返されると言われ歴史から学ぶことは現在ある団体を発展させていくことが可能となるわけです。クリティカルポイントをネットで調べると物事の限界地点や物事の限界と出てくるでしょう。この締め切りというのはデッドライン仕事術を読めば把握できるかと思います。